9.172026
2026年9月17日 琉球料理の日コラム 沖縄の鶏肉文化
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今月の安次富理事長コラムです。
沖縄の鶏肉文化
先日、関西の大学生から琉球料理保存協会に「沖縄の鶏肉の食文化」についての質問がありました。豚肉文化の陰に隠れてこれまで、調べたこともなかったのですがその折に調べたことを(調べが十分ではないですが)書いてみます。
現在、鶏肉は、軟らかく、豚肉、牛肉と並ぶ食材として食べられていますが、これは1960年以降、アメリカから導入されたブロイラー(生後50日くらいの若鶏)によるもののです。
戦前は、鶏は卵が主流で、卵を産まなくなった廃鶏がわずかに鶏肉として用いられました。沖縄には、大正の時代の初期までは在来鶏(ハードゥイ)がいて、それが家畜として各家庭で4~5羽、多いところ10羽飼育されていました。主に産卵用で、卵を産まなくなったらつぶして肉およびスープとして用いられました。沖縄の在来鶏は、成長が遅く、体が小さく、産卵数も限られているということで肉用、卵用としての効率が低く、ほとんどが家畜として扱われていました。その後、大正13年頃には那覇を中心に採卵用としての白色レグホン、肉用として名古屋コーチンなどの洋種が移入されますが、戦前の沖縄において、養鶏は大きな産業ではありませんでした。
鶏肉が料理として使われなかったかというと、そうではないようで、鶏飯(チーファン・ケイファン)や五段のお取り持ちの三の膳に鶏の吸い物が用いられるなど、おもてなし料理にも登場します。さらに冊封使の歓待料理の五段に炒り鶏,ペリー提督のもてなしにも炒り鶏が供され、一部では若鳥が高級食材として用いられていたのではないかと思われます。また、中国伝来の玉御陵の清明祭に鶏が姿のまま供えらり、同様に三三年忌の法要や、お墓の祝いにも鶏が供えられ、祭祀用としても重要な役割を果たしています。
戦前の記録を見ても、上記以外の料理名は見当たらず、『聞き書き 沖縄の食事』に「鶏肉のしんず(注 シンジ)」が出ています。そこには「卵を産まなくなった鶏はつぶすが、そのときは必ずしんずを作る。鶏肉がひたるくらいの水を入れて弱火でゆっくり煮て汁がお椀一ぱいくらい残った時火を消す。病人がいる時はこれを全部飲ませるがいない時は塩味にして家族全員で一口ずつのむ。」とあり、これが一般的な廃鶏の使い方であり、卵同様養生食だったと思われます。
戦前は、明け方にコケコッコーの鶏の鳴き声が朝の時を知らせる重要な役割も担っており、また都市地区では闘鶏用の鶏を飼って、闘鶏を楽しんでいたようです。
とても古い記録・15世紀後期の『李朝実録』によると、与那国、西表、宮古などでは鶏は飼ってはいるが、死ぬとすぐ埋めて食べないと記されています。なぜ、鶏肉を食べなかったかは記されていませんが、鶏は神聖な生き物ということだと思われます。
文責 安次富 順子
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